何かを書き留める何か

数学や読んだ本について書く何かです。最近は社会人として生き残りの術を学ぶ日々です。

Curriculum Vitae of XaroCydeykn

Curriculum Vitaeと呼ぶには何かが欠けている気がするが気にしない。

技術書査読

2016年

2017年

2018年

2019年

外部発表

2016年

  • PyConJP で感じる私の成長」PyCon JP 2016 Day1 Lightning Talk

受付後にLTの募集枠が空いていたので深く考えずに登録した。 卒論・修論発表で培った(?)勢い重視の発表で中身の薄さを乗り越えた。 最初のPyCon JPは怖い、という話はある程度共感を得たようである。

2017年

当初は話を聞くだけのつもりであったが、Python 3.6の新機能を調べるうちにメタクラスの部分の置き換えができることに気づいたので発表した。

中身のない概要から如何に内容を絞り出すか、と苦戦した発表。 技術書に書かれていることだけでは難しく、実践を伴わないと意味のある発表にするのが難しい。

  • Respect the Built-in Names」PyCon JP 2017 Day1 Lightning Talk

Reject Conから評判の良かった内容を抽出して膨らませたLT。 意外と琴線に触れる内容だったらしく、アンサーLTまで登場した。

  • 技術書査読・校正の現場から」BPStudy #123 Lightning Talk

間違い探しLT。 筆者も意外といい加減なことを書いているのでそれを検証しつつなんとかするのが査読や校正の役割である。

2018年

  • レガシーDjangoアプリケーションの現代化」DjangoCongress JP 2018

2017年8月から参画したプロジェクトの経験を元に架空のプロジェクトという見立てを用いて話を作った。

  • SymPyによる数式処理」PyCon JP 2018

SymPyで学んだことを整理するために発表した。

2019年

正しくはQuerySetではなくDjango ORMの失敗談。

ピタゴラス数と無限降下法について勉強して話した。

2020年に読んだ本

雑な読書記録

買っても読まず、読んでも特に記録を残さずに思い出に残らないので、年単位で読んだ本と簡単な感想を残しておくことにしよう。 いつも、書評を書こうと思い立つもすぐに断念してしまうので「簡単な感想」にとどめてそのハードルを下げるのが目的である。

横田増生ユニクロ潜入一年』(文藝春秋

books.bunshun.jp

話題になったのは2017年で2020年に読むのはと思うかもしれないが色々なタイミングで今読むことになった。 筆者の潜入ルポものだと3冊目にあたる。 柳井正社長の「うちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたい」という言葉に応じて約1年間ユニクロの複数の店舗でアルバイトした記録と下請けである中国やカンボジアの工場で働く人々への取材からなる。 ワンマン体質と徹底した守秘義務は読んでいて非常に不気味である。 柳井社長の部長会議における発言が一貫していないように思われ、君子は豹変するなのか、朝令暮改なのかがわからなくなった。

横田増生潜入ルポ amazon帝国』(小学館

www.hanmoto.com

筆者の潜入ルポもの4冊目。 アマゾンの小田原の倉庫で働いた記録とヨーロッパの取材、マーケットプレイス周辺に潜む怪しい人たちへの取材からなる。 筆者が「ユニクロが「ろくでなし」ならばアマゾンは「ひとでなし」」と表現した通り、秒刻みで終われるピッキング作業、雇用の多重構造による責任の曖昧化などが描かれている。 難癖をつけるならば、筆者はIT周りにそれほど強くないらしく、AWSに関する記述は微妙であった。 AWSのアマゾンっぽいふるまいとしてはオープンソースの扱い方にあると思うのであるが、その辺はITに強いノンフィクションライターの出現を待つほかないのだろうか。

横田増生ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋

books.bunshun.jp

ユニクロ潜入一年』よりも時系列としては前であり、2010年頃の話題なので古い箇所もあるが今もなお読むべき価値がある。 批判的に書かれた企業や経営者に関する本でユニクロがSPAで合理化を進めて大企業へと成長する光の部分と疲弊する現場と言行が一致しない経営者という影が描かれている。 『ユニクロ潜入一年』は変化球であるが『ユニクロ帝国の光と影』は正攻法の取材からなる。 GAPを目標にしてSAPを進め、GAPの凋落とともに綻びが、というのはどの業界にもありうる話である。

世阿弥風姿花伝』(ちくま学芸文庫

www.chikumashobo.co.jp

佐藤正英翻訳。 以前、新編日本古典文学全集の『連歌論集 能楽論集 俳論集』を読んだことがあり、そこで読んだ風姿花伝は非常に面白かった思い出があったのだが、 このちくま学芸文庫風姿花伝はその面白さはなく、すぐに眠くなってしまった。なぜ? 最初の「年来稽古条々」で読むのを断念した。なぜ? 翻訳者の違いによるものならば、「日本の古典をよむ」シリーズの風姿花伝にすればよいのか。

日経ビジネス編『ヤマト正伝』(日経BP

shop.nikkeibp.co.jp

ヤマト運輸の中興の祖と呼ばれる小倉昌男、その小倉イズムと呼ばれるを受け継いでいったヤマト運輸およびヤマトホールディングスの歴代の経営者が小倉イズムをベースに語った本。 本人による『小倉昌男 経営学』に書かれていることの実践編、と書くと聞こえはよいか。 5人中、最初の3人は一線を退いているためどちらかというと思い出話めいた話が中心であるが、最後の2人はホールディングス社長、ヤマト運輸社長(現在はそれぞれホールディングスの会長、社長)であり、かつ現状の問題点を率直に語っていて面白い。

日本の古典をよむ(17) 風姿花伝 謡曲名作選』(小学館

www.shogakukan.co.jp

とりあえず表章氏が編集した『風姿花伝』を読んだ。 現代語訳は「タイミング」など大胆に外来語を使うなど現代人が読むのに適した訳文となっていて、ちくま学芸文庫版よりも読みやすいと感じる。 新編日本古典文学全集は持ち歩くのが大変(持ち歩いたこともある)で現代語訳は小さいので原文を気にせず読むにはなかなか大変であるが、「日本の古典をよむ」シリーズのサイズならば持ち運びも簡単である。

朝礼あれこれ

最近、巷で朝礼なる概念が流行っているので、忘れないうちに経験したことがある朝礼を書き綴ってみる。

1社目:定時の30分前に始まる朝礼、定時の1時間前に始まる定例会議

週一回、決まった曜日に定時の1時間前から定例会議が行われていた。 内容は本社で行われた偉い人が集まる会議の議事録から部長が抜粋して口頭で伝達したり、プロジェクトごとの進捗確認などが行われていた。 抜粋は数字の共有が中心で、それに貢献できているのかがわかりづらいものであった。 進捗確認は期限通りに納品できるか否かがすべてで、品質は先方の反応から推し量る手法を採用していた。 定例会議の曜日以外の朝礼は各々の進捗確認がメインであった。

これらの問題は、定時前に行われていることをいいことに残業代を一切支払わなかったことである。 当然、問題視して入社直後にクレームを入れて最初に定例会議分の残業代が認められて、その後朝礼分も勝ち取った。 時は12月になっていた。 その後、朝礼に参加するのは裁量労働制で働く入社して数年たった社員のみとなり、若手は排除されるようになった。 残業代を支払う価値を朝礼に偉い人たちが見いだせなかったのである。

入社して数年たち、裁量労働制が適用されることとなり、裁量労働なのに何故決まった曜日に定例会議に参加しなければならないのか、なぜ裁量労働なのに出勤時間が決まっていてかつ遅刻すると査定に響くのかと闘争を始めた。 また、朝礼ではないが、半年ごとに全社員集まって行う会議とパーティが休日に行われていた。 休日なのになぜ出勤扱いにならないのかと文句を言ったら福利厚生であるという回答がやってきた。 結局、なんやかんや文句を言っているうちに転職してしまった。

2社目:毎週、社訓を絶叫する系の朝礼

入社前に気付くべきであったが、社訓を絶叫する系の朝礼であった。 社訓絶叫、発表したい事柄がある部署からの発表、事務方からの連絡、偉い人のお話という構成であった。 本社では毎週であったが、支社では毎日行われていてさらに加えてエモいエピソードを語るコーナーもあった。 朝礼自体は勤務時間に含まれていたはずである。 社訓絶叫に関しては「ここはそういう会社なんだな」と思い、頭も心も無にして本気でやっている人に失礼がない程度に付き合っていたが、 気になったのは、会社の業績が悪くなっていった頃から偉い人が朝礼に参加しなくなったことである。 本当にこの時間、必要なのかな、と思ううちに朝礼なんかかわいく思える程度のアレコレにより常に頭痛が生じる程度に体調を崩したので転職してしまった。 転職の境目で1ヵ月ほどダラダラしていたが、頭痛がなかったので職場環境が原因だったのだと思う。

3社目:毎週、技術軽視の朝礼

発表したい事柄がある部署からの発表、事務方からの連絡、偉い人のお話という構成である。 入社、退社の発表も必要に応じて行われていた。 1年がかりのプロジェクトの終了直後にトラブルがあった際に、 今まで何もしなかった偉い人が偉そうなことを言ってメンバーのモチベーションを根こそぎ削り取られたのをいまだに根に持っている。 また、最近流行りのミッションバリューが存在するが、現状の言語化ではなく理想の言語化としてミッションバリューを制定したので、頑張ったんだろうなとか、いい話だな、とは思いつつもそれとミッションバリューは違くないかと思ったりするのである。

なお、チーム単位でも朝礼(という名前ではないが)を行っているが、そちらは機能している。

よくわからないまとめ

蛇蝎のごとく嫌われる朝礼であるが、個人的には朝礼そのものは悪いものではなく、会社の状態を映す鏡であると思われる。 また、規模も当然のことながら人数が増えるとそこで伝えられる情報量も減る。 1社目だと勤務時間外にする姑息な手段で人件費を浮かせようとしたが、普通は勤務時間内なので全員参加だとそれだけ嵩むのである。 チーム単位で小規模で情報量を増やすように意識すると有意義な場になるのではないだろうか。

去る言語への餞

お亡くなりになったんだ。このバージョンは、この世を去ったの。事切れてしまった。息を引き取り、GvRの御許に逝かれた。これは『元メジャーバージョン』。EoL。命尽きて、電子の海に還っていった。Python 3移行でもめていなければ、今頃はひな菊いっぱいのレポジトリの下で読み取り専用になっていたはずなんだ。Python 2はその生涯に幕を閉じ、昇天なされたの。これは「元Python」なんだ。