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何かを書き留める何か

数学や読んだ本について書く何かです。最近は社会人として生き残りの術を学ぶ日々です。

就職活動における考え事

Jobs

某所に提出した就職活動体験談から就職活動に対する個人的な考えを述べる。当然人によって考え方は異なるので参考または反面教師として接してくだされば幸いである。どちらかというと、こういう考えだから長引いた、と思って接してもらうとよい。
また、これは2013年に書かれたエントリであるため、幾分古くなっているので気を付けてほしい。

就職活動を始めた理由について

恐らく就職活動を始めることに疑問を覚える人は皆無だと思うが私は少し悩んでいた。それは直前まで博士後期課程に進学するか就職するか悩んでいたからである。今では博士後期課程に進んだ後大学教員ではなく企業に進むケースも増えてはいるがそれならば早く社会に出たほうが活躍できるのではと考えた。色々調べていくうちに大学教員の枠は想像を絶するほど狭いことがわかり、それに動じない心を持ち合わせていなかった。夢や霞を食べて生きていけるならばよいのだが私はそこまでの人ではなかった。自分でお金を稼げるようになったらまた挑戦することもあるのかもしれないが未来のことなどわからない。

自己分析について

自己分析については何もしなかった。自己分析の怖いところはその結果を盲信してしまうところである。過去の自分がそうだったから未来の自分はこうなるとは必ずしも言えない。過去の自分から脱却し変わることもできるのだから未来のことなどわからない。自己分析で自分の未来を歪めてしまうのではと恐れて自己分析をしなかった。とはいえ世間に流布しているエントリーシートは自己分析を前提にした設問が多く見受けらえるので過去に行ったこと、転換点については言語化してまとめていた。そのおかげで大抵の設問は対して悩むことなく答えることができた。

筆記試験について

テストセンターやSPI3、玉手箱など種類も豊富でつい対策本を種類ごとに購入してしまい財布が相当軽くなった。全くやらないのは危険だが基礎知識はあるはずなので形式に慣れてしまえば落ちることは少なくなる。だが、本当に筆記試験の結果がよくて通過しているのかはわからないので気をつけること。

合同説明会について

学内で開催されていた合同説明会は参加していたが国際展示場や秋葉原等で開催されていた大規模なイベントには参加しなかった。大学で行われる説明会に参加している企業は少なからずその大学の学生に興味があるということなのでそちらを優先した。決してコミケット例大祭以外で国際展示場に足を踏み入れたくないという宗教的理由ではない。また、学校側が主催でもブラック企業はホイホイ来るのできをつけること。

ナビサイトについて

私が登録していたのはリクナビマイナビ、en、日経就職ナビの4つであるがメインはリクナビで他のナビサイトは殆ど使っていなかった。enは全く使わなかった。マイナビは使いづらいので極力アクセスを避けていた。ナビサイトは結局、企業側の広告であるので世間ではブラック企業として扱われている企業も素晴らしい企業として紹介されているので冷静に向き合ったほうがよいと思う。また、求人情報、特に推薦がらみの情報は学科の就職事務室に沢山あるのでそちらも忘れずに確認したほうがよいと思う。

就職に関する予備校について

私の周りには利用している人はいなかった。私も使おうとも思わなかった。とある就職活動に関する学生団体Webサイトを見る機会があった。そこには「知名度や規模にとらわれない就活を!」という旨のメッセージが書いてあり、一方で企画したイベントには「超一流企業に内定した先輩から話が聞ける!」という旨が書いてあった。このように肝心なところが矛盾しているところには関わらないほうがよいと思う。

就職活動の開始時期について

私は前述の通り2012年12月から開始した。学内の就職説明会や企業のインターンシップに積極的に参加するならば6月ごろから始まるのだろうか。就職活動が長期化しているのに自ら長期化を助長してどうするのだろうか。例えば学部3年または修士1年、博士2年(?)の6月から始めた場合、順調に進んだとしても翌年の4月まで終了しない。つまり最低でも10ヶ月も掛かるのである。皆、自分は4月に終わると信じているかもしれないがそうも行かないのが現実である。自分だけ長期化しても動じない類まれなるタフな精神を持ち合わせているならばよいが。何かしなければと焦っているならば大学にいるのだから学問に向き合って勉強や研究をするべきだと思う。

会社選びについて

私は専攻である数学がある程度役に立ちそうな業界を志向した。当初はSIerが中心であったが金融業界にも手を出した。だが金融業界は段々向いていないなと思うようになった。とあるメガバンクの先輩社員の講演会なるものに参加した際に富裕層からお金を如何に集めるかというのを熱心に語っているのを見て憧れないどころか嫌悪感すら覚えてしまった。企業であるので営利を求めるのは当然であるがそれならばお金を払う価値がある製品やサービスによって得たいなと考えた。SIerはユーザー系と呼ばれる会社を中心に受けた。ユーザー系は基盤が安定しているとのことだが、親会社に依存して独自性が無いこと、所謂パートナー企業に業務を押し付けてワークライフバランスなるものを維持していることに疑問を感じるようになった。独立系もいくつか受けたが東証一部上場ながら大手SIerから仕事をもらうことで成り立つ企業もあり独自性が無いところも多かった。また、アプリケーションエンジニアやテクニカルスペシャリストと言った名称で募集をしていて研究職かと勘違いして応募したら営業やサポートといった職種だったこともあった。今思うと大手電機メーカーなどの研究職にも挑戦してみるのもよかったかもしれない。数学ならば暗号技術に活路があるが、暗号に関しては学部の講義時代に酷く絶望した経験があり避けていた。説明会だけなら色々な業界に挑戦すべきだったかもしれない。

履歴書について

履歴書は手書きで書くべきだという論説も根強いが私はLaTeXで履歴書を作成した。勿論手書き指定や学校指定の履歴書を書くように指示された場合はそれに従った。大学の履歴書には志望動機などの欄があるがこのような項目は既にエントリーシートがあったので履歴書に同じことを書きたくは無かった。また字の汚さで評価が下がることよりも正確に学歴が伝わることを優先した。大半の企業は学歴の項目と別に作成したエントリーシートを用いて面接することが殆どだった。中には印刷された履歴書に難癖をつけてくるところもあるが、IT系の企業で手書き信仰が根強いのもどうかと思う。持論であるが筆記用具メーカー以外の手書き指定はナンセンスだと思う。印刷された履歴書に難癖をつけてくるリスクを避けるならば手書きのほうが無難であるが、私の場合は字の汚さの方がリスクであると感じた。なお、手書きで作文を課す企業は割りと多いので覚悟はしておいたほうがよいと思う。筆記試験で作文を書き、後日行われた面接で「Xaro君は字が汚いね」と言われたことを鮮明に覚えている。

服装について

私は黒地に薄いラインが入ったスーツと成人式の際に着た黒地スーツ、洗濯機で洗えるストライプ気味のスーツを来ていた。シャツはストライプのシャツを着ていたが白無地に落ち着いていった。靴下は灰色や黒など。ネクタイは浦安に生息するネズミの意匠がが小さく描かれたものであった。大学主催の就職説明会にて靴下は白で先方に失礼の無いように云々と言われた後、生協の人事の本音が書かれた本に白い靴下を履いてきた学生は落とすと書いてあって爆笑した。リクルートスーツに変に拘らず自然な格好をすればよいのではないだろうか。

インターンについて

インターンによる就職活動の長期化や大学は学問をするところであり就職予備校ではないという持論から積極的に参加しようとは思わなかった。ただ、どうしても内定がほしい企業やある場合はよいかもしれない。例えばインターンにいってうちに来ないかと誘われた友人がいたり、他の方の体験談にはインターンが有効だった例も多く掲載されている。ただ、インターンの参加経験がインターンに参加した企業以外で自己アピールになるのかというとならないと思う。某電通大のキャリア教育でインターンがほぼ必須らしいと聞いて嫌な気分になった。

アピールポイントについて

数多くの選考を受けてきたなかで幾度も聞かれたのが「集団で何をやったか」という質問である。私は大学は学問をする場所であるという考えを持ち、線型代数代数学の自主セミナーを中心に学生生活を過ごしてきた。地元の大学受験予備校でアルバイトをしたり、地元の吹奏楽団に所属し演奏会に向けて練習したりと集団で何もやってないわけではない。しかし、私が学生時代に頑張ったのは数学の自主セミナーでありそれをアピールしないのは自分の学生生活を否定する行為である。だが、面接を受けていくうちに企業が求めているのはそんなことではなく「集団で何をやったか、何をなしえたか」ということに気づいてしまった。勿論それに迎合してアピールポイントを変えるのも一つの手であり実際私もそうした時期もある。例えば「学生生活で一番頑張ったこと」として吹奏楽団やアルバイトの話、学部時代に友達同士で行った試験対策の会などの話をした。いずれもそれなりにまじめに行ったが、決して学生生活で「一番」頑張ったことではない。そして、自分を偽っても上手くいかず、自分が伝えたいことを伝えることにして、それで落ちたら仕方ないなと考えるようになった。私のすべてを受け入れろとは到底いえないし無理でありそもそも望んでもいないが、譲れない部分を認めてもらうのは私は重要なことであると思う。ただ、先方が望んでいそうなことを述べるのも重要なことであり、それがコミュニケーションと言うものかもしれない。このあたりに私の就職活動が長引いた原因があるのかもしれない。