何かを書き留める何か

数学や読んだ本について書く何かです。最近は社会人として生き残りの術を学ぶ日々です。

『「役に立たない」科学が役に立つ』を読んだ。

強烈凶悪なDéjà-vu

フレクスナー 、ダイクラーフ著『「役に立たない」科学が役に立つ』(東京大学出版会)を読んだ。

www.utp.or.jp

きっかけは三重大の奥村先生のツイートで本書のことを知ったことである。

筆者のエイブラハム・フレクスナーはプリンストン高等研究所の初代所長、ロベルト・ダイクラーフは現在のプリンストン高等研究所所長である。 構成として、前半にダイクラーフのエッセイ「明日の世界」、後半にフレクスナーのエッセイ「役に立たない知識の有用性」からなり、随所に用語の説明が入る。 巻末に本書に登場する研究者の紹介や本書の企画(理化学研究所数理創造プログラム)が掲載されている。

実質的な表題である「役に立たない知識の有用性」は1939年10月のハーパーズ・マガジンに掲載されたエッセイで応用研究重視への危惧、基礎研究の有用性、プリンストン高等研究所の紹介からなる。 「明日の世界」は基礎研究が築き上げた人類の知恵が長い時間をかけて社会を変えてきたことを実例に基づいて紹介するエッセイとなる。

読んで真っ先に感じたのは、1939年10月に書かれたエッセイだとは思えない、またアメリカにおける状況とは思えないのである。 ダイクラーフ氏の「日本語版刊行にあたって」にある

日本はこれまで、私が直接知る人も含め、多くの優れた科学者を輩出してきましたが、これはひとえに、日本においては基礎科学研究の重要性が一般に理解されて、尊重されているからだと思います。

という言葉に思わず変な声が出てしまった。 果たして、日本はそのような状況なのだろうか。

基礎科学と応用科学に関する似たようなテーマとしてはハーディの『ある数学者の生涯と弁明』がある。 久しぶりに読み返したくなった。

フレクスナーやダイクラーフは「役に立たない知識の有用性」の発想の根源をニュートンに置いているようであるが、私はもっとさかのぼれると思う。 実際、荘子の人間世篇の「無用の用」が「役に立たない知識の有用性」の根源ではなかろうか。 人類は2000年費やしても「無用の用」を理解できずにいるのである。

『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』を読んだ。

大学の同級生の活躍を感じる日々

2020年7月30日にすいのこ『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館)が発売された。

www.shogakukan.co.jp

大学の同級生の千葉君が編集ということ本書を知った。 大学や大学院の同級生が輝かしい活躍をしている中、僕はイマイチぱっとしないなと思いつつ、紀伊國屋に発注した。 久しぶり新書を購入して読んだと思う。

内容として、実際にプロとしてお金を稼いでいるプロゲーマー3名へのインタビュー、座談会、医師へのインタビュー、世界各国におけるeスポーツへの取り組みの紹介からなる。 筆者のすいのこ氏はあくまでインタビュアーに徹し、ときど氏、ネフライト氏、ふぇぐ氏のゲームに対する取り組み方や考えを引き出すことに力を置いている。 自身もプロゲーマーであるすいのこ氏であるからこそ引き出せたと思う。

ゲームでお金を得ている職業で代表的なのが囲碁将棋棋士であり、特に将棋棋士の著作は多く読んできたのだが、プロゲーマーの本は初めてであった。 プロゲーマーというと、賞金額や大会規模に目を奪われがちであるが、その人となりに迫った本はこれが初めてではなかろうか(もしかしたらウメハラ氏の本があるかもしれないが)。

一方、医師へのインタビューは、疑問に対してその医師の意見を述べるだけで香川県の例の条例で言われているほどゲームはひどいものではないですよ、という程度の主張しかなくてあまり読んでいて面白くはなかった。 世界各国におけるeスポーツへの取り組みの紹介もいわゆる出羽守なまとめ方でちょっと残念であった。 また、賞金と景品表示法などの法律を巡る話が一時期話題になっていたが、その辺の話題は一切無かった。 もう既に解決した話題なのだろうか?

これらを差し引いても前半のインタビューや座談会は(勉強ができるかどうかはともかくとして)非常に興味深いのでプロゲーマーへのインタビュー部分を目当てに購入して読む価値は十分あると思う。 次回作があるのか、どうかはわからないが、あるとするならばインタビューはもちろん、すいのこ氏自身の考えをもっと前面に出した本が読みたいと思う。

『Effective Python 第2版』の技術査読を担当しました

待望の第2版

2020年7月16日にオライリージャパンから『Effective Python, 2nd Edition』の邦訳である 『Effective Python 第2版』が発売される。

www.oreilly.co.jp

この度、邦訳の査読者として参加させていただいた。 2020年3月~4月頃にかけて読んでいた。 入稿直前に原著レポジトリのエラッタを反映するなどギリギリまで翻訳の品質を高めようとしていた。

原著初版は2015年、邦訳初版は2016年に発売された。 当時は初心者向けの本も少ない中、貴重な中級者向けのPython本であり、当時の私は原著を必死になって読んでいた。 もう5年も経過してしまったが、2版もまた欠かせない中級者向けのPython本となっている。

初版は59項目であったが2版は90項目と加筆された。 また、初版はPython 3がメインでPython 2も時折触れる程度であったが、2版ではPython 3に特化した記述になっている。

初版の59項目の内、ほとんどは5年分の発展を反映された内容となっており、一部は細分化されて加筆されている。 大きく変わったのはメタクラス(初版項目33, 34, 35、2版項目48, 49, 50)であり、初版はmetaclassを活用していたが、2版ではPython 3.6で追加された特殊メソッドで実装している。

新規に追加されたのは、2章「リストと辞書」の辞書まわり、4章「内包表記とジェネレータ」の複雑な部分(項目34, 35, 36)、7章「並行性と並列性」のコルーチンやasyncio周り、9章「テストとデバッグ」のモック、10章「協働作業(コラボレーション)」の静的解析が中心であろうか。

初版を読み込んだという人、初版が発売された時期は初心者だったが現在はそれなりにPythonを使っているという人、始めたばかりという人、それぞれおススメである。 項目ごとに拾い読みができるので各々必要な個所を読めばそれだけでも十分効果があると思う。

冒頭の原著者の「第2版日本語版へ寄せて」で関係者一向で曙橋のそば屋に行ったことが書かれている。 私は勧められるがままに天ぷらそばを頂いたのを思い出した。