読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

何かを書き留める何か

数学や読んだ本について書く何かです。最近は社会人として生き残りの術を学ぶ日々です。

カミカゼOJT -理論と実践-

元寇の時の故事に由来して、思いがけない幸運に恵まれることについて「神風が吹く」という表現が使われる。 また、神風特攻隊に由来して、身の危険を省みない攻撃に対する比喩としても用いられる。

神風 - Wikipedia

はじめに

皆様はカミカゼOJTというのをご存知だろうか。 この用語は僕が勝手に作った造語であり一般的ではないし、きちんとした定義も成されていない。 一度頭の中を整理するために書いてみる。

OJTとはなにか

まず、OJT(On the Job Training)とは何かを整理したい。 Wikipediaから引用すると次のようになる。

OJTとは、職場の上司や先輩が、部下や後輩に対し具体的な仕事を与えて、その仕事を通して、仕事に必要な知識・技術・技能・態度などを意図的・計画的・継続的に指導し、修得させることによって全体的な業務処理能力や力量を育成する活動である。

OJT - Wikipedia

この定義に従うと、部下に対して「その仕事を通して、仕事に必要な知識・技術・技能・態度などを意図的・計画的・継続的に指導」することがOJTの根幹を成すと言えよう。 だが、カミカゼOJTはこのように生易しいものではない。端的に述べると、カミカゼOJTとはOJTから本来上司に当たる役割に当たる人間が負うべき役目を取っ払ったものといえる。

カミカゼOJTの構成要素

新人をいきなり現場に投入する

On the Job Trainingの名の通りまずは新人を現場に投入することから始まる。 4月入社ならば4月中旬から5月下旬に投入してしまう。 入社後は研修を一応行うがマナー研修や社内システムの周知に留まるものも見受けられる。 新人なのにいきなり現場で活躍できる、といった甘言で納得させられる。

意図的・計画的ではない

特に指導するわけではなくいきなり仕事を与えてほっとかれる。 自分でGoogle先生に尋ねながら仕事をこなすことを強制される。 その仕事も使いそうだから、という曖昧な理由で選定され、その仕事が結局使わないこともよくある。 曖昧な指示で具体的な成果を要求することが多い。

出来ても特に褒めない、文句はいう

必ずしも頑張ったから成果が出るわけではないが、特に褒めることも無く成果物の欠点を事細かに指摘し改善を要求する。 かと言って見本を見せるわけでもなく自分で考えろと突き放される。 仕事である以上、成果を求めるのは新人と言えども当然である。

雑なまとめ

つまり、部下にとりあえず仕事を投げて何も教育的な指導をせずに「神風が吹く」ことを期待し、時に部下を精神的に追い詰めることでトレーニング成果を期待するのがカミカゼOJTである。成功したらそれなりに成長するが失敗した場合は果たしてどうなるのか。

カミカゼOJTが生まれる背景

何故このような悲劇が生まれるのか。 1つは一手不足である。少数精鋭の名の元に必要最低限の人員で構成されている場合、普段の業務に加えて教育業務が追加される普段の業務に支障が出る。 支障が無い範囲でその教育業務を果たそうとする場合、出来そうな仕事を投げて反応を見るという流れに落ち着いてしまう。 もう1つは単純に教育のノウハウが無いことである。何が必要かを見極められず使いそうだからという理由で選ばざるを得ない状況が生じる。 業種、現場によっては標準的なスキルセットがバラバラというのもノウハウが蓄積しない原因と思われる。 また、時代の流れでも変化するので事前の研修が意味を成さず、現場で身につけてるのが当面を凌ぐには最善となってしまうことも考えうる。

最後に

きちんとしたノウハウやマニュアルを整備するのが大事なのではなく、ほったらかしにせずにちゃんと見ているよ、とか、方向性だけでも具体的な指示をする、があるとかなり助かると思う。また、労働経済白書を流し読みする限り、「業務が多忙で、育成の時間的余裕がない」「上長等の育成能力や指導意識が不足している」「人材育成が計画的・体系的に行われていない」という問題は普遍的なものである。