UEC Advent Calendar 2013のために書かれた記事です。
<12月5日:staybuzz||12月7日:yadex205>
はじめに
電通大では「線形代数第一・第二」と「数学演習第一・第二」で線型代数について扱っている。しかし講義は限られた時間しかなく理論的な話は説明する方も大変であり大抵は計算技術の習得に費やされる。その弊害として大半の人は線型代数とは行列や連立方程式を扱うもの、つまり計算道具の一種だと思っている。この様な認識では線型代数はただの連立方程式を解く道具、ただ行列を基本変形によって弄る学問に成り下がりちっとも面白くないものとなる。そして院試の時に思い出したかのように復習をしてまた忘れるのだろう。
だが、線型代数の面白さとはそれではない。例えばフランスの数学者Bourbakiは20世紀の数学に多大な影響を与えた自身の著書「数学原論(\'El\'ements de math\'ematique)」において「代数」を執筆する際には線型代数を中心に据えている。これ故に大学では最初に線型代数を教えるのである。また、Bourbakiは「ブルバキ数学史」においても
線型代数学は、数学のもっとも古い分野の一つでありながら、またもっとも新しいものの一つに数えられる。
という言葉を述べている。
そこで線型代数に関して講義で扱うような話題を越えた楽しい話をして線型代数の面白さを垣間見てもらいたい。今回は線型写像の像と核に関する話をする。像と核とは彗星のように現れて彗星のように去っていく電通大の線型代数の講義の中で一番存在意義がつかめない得体の知れない概念であると私は感じている。そこで(線型写像に限った話ではないが)像と核にまつわる深遠な関係を示すことによって線型代数の面白さを感じてもらう。なお電通大の講義における理工系教養科目「現代数学入門」または総合情報学科及び情報・通信工学科「離散数学」で扱うような言葉は既知であると仮定する。上記の講義で扱うような数学は離散数学と言うよりは数学リテラシーとも言うべき科目であるので理解していたほうが今後役に立つと思われる。大まかな流れとしては、まず商ベクトル空間を定義し、次に線型写像の準同型定理を証明する。この2つの概念から線型写像の像と核の関係がはっきりとわかる。最後に線型写像の準同型定理の系として有用な定理をいくつか証明する。
以下、数式が入り乱れる記事では読むほうもしんどいと思われるのでLuaLaTeXでそのまま組版できるソースを掲載する。LuaLaTeXについては電通大生のためのLuaLaTeX -UEC Advent Calendar 2013- - 何かを書き留める何かを参照して欲しい。また、LuaLaTeXが使えない人のためにPDFファイルを用意した。こちらからダウンロードして欲しい。もはやこれはブログなのかという疑問が残るがこの際気にしないことにする。また、必要に応じてきちんとした線型代数の参考書や代数学の専門書を見てほしい。
\documentclass[10pt,a4j,papersize]{ltjsarticle} \usepackage{mathtools,amssymb} \mathtoolsset{showonlyrefs=true} \usepackage{amsthm} \theoremstyle{definition} \newtheorem{theorem}{Theorem}[section] \newtheorem{definition}{Definition}[section] \newtheorem{proposition}{Proposition}[section] \newtheorem{lemma}{Lemma}[section] \newtheorem{corollary}{Corollary}[section] \newtheorem*{conjecture}{Conjecture} \newtheorem*{example}{Example} \newtheorem*{remark}{Remark} \newtheorem*{problem}{Problem} \DeclareMathOperator{\im}{\operatorname{Im}\hspace{0.5truemm}} \usepackage[ipaex]{luatexja-preset} \usepackage{luatexja-otf} \usepackage{bm} \usepackage{time} \usepackage[nocompress]{cite} \usepackage[pdfencoding=auto,% bookmarks=true,% bookmarksnumbered=true,% colorlinks=true,% pdftitle={線型写像の像と核について}, pdfsubject={UEC Advent Calendar 2013}, pdfauthor={Xaro Cydeykn}, pdfkeywords={}, pdfcreator={CirnoTeX} ]{hyperref}% \title{像と核とは何者なのか\\ --UEC Advent Calendar 2013--} \author{Xaro Cydeykn} \date{2013年 12月 6日} \begin{document} \maketitle \section{はじめに} 電通大では「線形代数第一・第二」と「数学演習第一・第二」で線型代数について扱っている。 しかし講義は限られた時間しかなく理論的な話は説明する方も大変であり大抵は計算技術の習得に費やされる。 その弊害として大半の人は線型代数とは行列や連立方程式を扱うもの、つまり計算道具の一種だと思っている。 この様な認識では線型代数はただの連立方程式を解く道具、ただ行列を基本変形によって弄る学問に成り下がりちっとも面白くないものとなる。 そして院試の時に思い出したかのように復習をしてまた忘れるのだろう。 だが、線型代数の面白さとはそれではない。 例えばフランスの数学者Bourbakiは20世紀の数学に多大な影響を与えた自身の著書「数学原論(\'El\'ements de math\'ematique)」において「代数」を執筆する際には線型代数を中心に据えている。これ故に大学では最初に線型代数を教えるのである。 また、Bourbakiは「ブルバキ数学史」においても \begin{quote} 線型代数学は、数学のもっとも古い分野の一つでありながら、またもっとも新しいものの一つに数えられる。 \end{quote} という言葉を述べている。 そこで線型代数に関して講義で扱うような話題を越えた楽しい話をして線型代数の面白さを垣間見てもらいたい。 今回は線型写像の像と核に関する話をする。 像と核とは彗星のように現れて彗星のように去っていく電通大の線型代数の講義の中で 一番存在意義がつかめない得体の知れない概念であると私は感じている。 そこで(線型写像に限った話ではないが)像と核にまつわる深遠な関係を示すことによって線型代数の面白さを感じてもらう。 なお電通大の講義における理工系教養科目「現代数学入門」または総合情報学科及び情報・通信工学科「離散数学」で 扱うような言葉は既知であると仮定する。 上記の講義で扱うような数学は離散数学と言うよりは数学リテラシーとも言うべき科目であるので理解していたほうが今後役に立つと思われる。 大まかな流れとしては、まず商ベクトル空間を定義し、次に線型写像の準同型定理を証明する。 この2つの概念から線型写像の像と核の関係がはっきりとわかる。 最後に線型写像の準同型定理の系として有用な定理をいくつか証明する。 \section{商ベクトル空間と準同型定理} \subsection{商ベクトル空間} $K$を体とし、$V$を$K$上ベクトル空間とする。$W$を$V$の部分空間とする。 $V$上の二項関係を$\sim$を \begin{equation} x\sim y \;\Longleftrightarrow\; x-y \in W\;(x \in V,\; y\in V) \end{equation} のように定義する。 二項関係$\sim$において \begin{equation} \begin{split} x-x &\in W \\ x - y \in W &\;\Longrightarrow\; -(y-x) \in W \\ x -y \in W,\;y-z \in W &\;\Longrightarrow\; x-z \in W \end{split} \end{equation} が成立するので関係$\sim$は同値関係である。 $x\in V$に関する同値類を$[x]$とし、剰余類全体の集合を$V/W$とする。 剰余類に関する演算を \begin{equation} \begin{split} [x] + [y] &= [x+y] \\ c[x] &= [cx] \end{split} \end{equation} と定義する。ただし$x,y \in V,c\in K$である。 この演算はWell-definedであることを示す。 実際、$[x]=[x'],[y]=[y']$に対して$x'=x+w,y'=y+w'$であるので \begin{equation} \begin{split} [x'] + [y'] &= [x+w] + [y+w'] \\ &=[x+y+w+w'] \\ &=[x+y]. \\ c[x'] &= c[x+w] \\ &=[cx+cx'] \\ &= [cx] \\ &=c[x]. \end{split} \end{equation} となる。よって剰余類の代表元の取り方に関わらず演算は矛盾無く成立する。 よって剰余類全体の集合$V/W$は$K$上ベクトル空間となる。 $V/W$を$V$の$W$による\textgt{商ベクトル空間}という。 次に商ベクトル空間$V/W$の次元を調べよう。 \begin{theorem} $e_{1},\dotsc,e_{r}$を$W$の基底とし、$e_{1},\dotsc,e_{r},e_{r+1},\dotsc,e_{n}$を$W$の基底を拡大して得た$V$の基底とする。 このとき$V/W$の基底は$[e_{r+1}],\dotsc,[e_{n}]$となり、$\dim V/W = \dim V -\dim W$である。 \end{theorem} \begin{proof} $V/W \ni [x] = [c_{1}e_{1}+\dotsb+c_{r}e_{r}+c_{r+1}e_{r+1}+\dotsb+c_{n}e_{n}]$に対して、 \begin{equation} \begin{split} &[c_{1}e_{1}+\dotsb+c_{r}e_{r}+c_{r+1}e_{r+1}+\dotsb+c_{n}e_{n}] \\ &= c_{1}[e_{1}] + \dotsb + c_{r}[e_{r}] + c_{r+1}[e_{r+1}] + \dotsb + c_{n}[e_{n}] \\ &= c_{r+1}[e_{r+1}] + \dotsb + c_{n}[e_{n}] \end{split} \end{equation} より$V/W$は$[e_{r+1}],\dotsc,[e_{n}]$によって生成される。 また、 \begin{equation} \begin{split} &c_{r+1}[e_{r+1}] + \dotsb + c_{n}[r_{n}] = [0] \\ \Rightarrow& [c_{r+1}e_{r+1} + \dotsb + c_{n}e_{n}] = [0] \\ \Rightarrow& c_{r+1}e_{r+1} + \dotsb + c_{n}e_{n} = 0 \\ \Rightarrow& c_{r+1}e_{r+1} + \dotsb + c_{n}e_{n} \in W \\ \Rightarrow& c_{r+1}e_{r+1} + \dotsb + c_{n}e_{n} = c_{1}e_{1} + \dotsb + c_{r}e_{n} \end{split} \end{equation} であり$e_{1},\dotsc,e_{r},e_{r+1},\dotsc,e_{n}$は一次独立であるので$c_{r+1}=0,\dotsc,c_{n}=0$となる。 以上より$V/W$の基底は$[e_{r+1}],\dotsc,[e_{n}]$となる。 \end{proof} \subsection{ベクトル空間の準同型定理} $V,W$を$K$上ベクトル空間とし$f:V \to W$を$K$上線型写像とする。 \begin{theorem} \begin{equation} V / \ker(f) \cong \im(f) \end{equation} \end{theorem} \begin{proof} 写像$\tilde{f}$を \begin{equation} V / \ker(f) \ni [x] \mapsto f(x) \in \im(f) \end{equation} と定める。 このとき写像$\tilde{f}$がWell-definedであることを示す。 $[x]=[x']$に対して、$x'=x+w\;(w \in \ker(f))$であるので \begin{equation} \begin{split} \tilde{f}([x']) &= f(x') \\ &= f(x+w) \\ &=f(x) + f(w) \\ &=f(x) \\ &= \tilde{f}([x]) \end{split} \end{equation} より写像$\tilde{f}$はWell-definedである。 また、 \begin{equation} \begin{split} \tilde{f}([x]+[y]) &= \tilde{f}([x+y]) \\ &= f(x+y) \\ &= f(x) + f(y) \\ &= \tilde{f}([x])+\tilde{f}([y]) \\ \tilde{f}(c[x]) &= \tilde{f}([cx]) \\ &= f(cx) \\ &=cf(x) \\ &=c\tilde{f}([x]) \end{split} \end{equation} より写像$\tilde{f}$は線型写像である。 そして、写像$\tilde{f}$は明らかに全射であり、 \begin{equation} \begin{split} &\tilde{f}([x]) = \tilde{f}([y]) \\ \Rightarrow & f(x) -f(y) =0 \\ \Rightarrow & f(x-y) = 0 \\ \Rightarrow & x-y \in \ker(f) \\ \Rightarrow & [x]=[y] \end{split} \end{equation} より単射である。 以上より写像$\tilde{f}$はベクトル空間に関する同型写像である。 \end{proof} \begin{corollary} \begin{equation} \dim V = \dim \im(f) + \dim \ker(f). \end{equation} \end{corollary} \begin{corollary} 線型写像$f:V\to W$において、$\dim V = \dim W$が成り立つとする。 このとき写像$f$が単射であることと$f$が全射であることは同値である。 \end{corollary} \begin{proof} 写像$f$が単射ならば$\ker(f) = \{0\}$となるので$\dim \ker(f)=0$となる。 よって$\dim V = \dim \im (f)$となり、$W \supset \im (f)$であるので$W= \im(f)$となり、$f$は全射となる。 逆に$f$が全射ならば、$W= \im(f)$であるから$\dim W = \dim \im(f)$となる。 よって$\dim \ker(f)=0$となり、$\ker(f) = \{0\}$となるので$f$は単射となる。 \end{proof} \begin{corollary} \begin{equation} V \cong W \Longleftrightarrow \dim V = \dim W. \end{equation} \end{corollary} \begin{proof} $V \cong W$であるとき、$f$を同型写像とすると$f$は単射なので$\dim \ker(f)=0$となる。 $f$は全射でもあるので$\dim W = \dim \im(f)$となるので$\dim V = \dim \im(f) = \dim W$となる。 逆に$\dim V = \dim W$であるとする。 $V$の基底を$a_{1},\dotsc,a_{n}$、$W$の基底を$b_{1},\dotsc,b_{n}$とする。 $f(a_{i}) = b_{i}$を満たす線型写像がただ1つ存在する。 よって$f$は全射であり、また単射でもある。 以上より$f$は同型写像である。 \end{proof} この様に線型写像の準同型定理から線型代数の重要な定理を導くことが出来る。 本格的な線型代数に興味を持った方は \begin{itemize} \item 佐武一郎 『線型代数学』 \item 斉藤正彦 『線型代数入門』 \end{itemize} を参照してほしい。どちらも電通大の図書館に複数ある。 \end{document}